祖母よ、早く死んでほしい

2015.07.28.Tue.20:48
今、母が仕事を辞めようとしている。
理由は、祖父母の介護のためだ。
祖父はいたって元気だが、祖母は軽度のアルツハイマーであり、彼らの夕食を出しているのが私だ。夕食を出すと言っても、作るのは母で、私は作ってあるそれを温めて器に盛り、食べ終えたら洗い物をして片づけるだけだ。
母は、それを私の負担になっていると感じているらしい。夕飯の時間帯に家に居られるような、そんな新しい仕事先を探すと言っている。
私は、それを不安に感じている。
今の職場に就いたばかりの頃、母はそこになじめず胃を痛めて血を吐いた。次の職場でも人間関係をうまく築けるか私は心配なのだ。
夕食を出すことなんて私にとって全く負担ではない。何度そう言っても母は、今の職場を辞めると言う。
つい、祖父母さえいなければ、という考えが頭をよぎる。
いや、よぎるというにはあまりに長い間その考えが私の頭にある。ほぼ常に、祖父母の死を願っている。それは紛れもない事実だ。
祖父母には早く、可能なら明日にでも死んでもらいたい。特に祖母の存在は私にとって最大のストレス源だ。なんど、頭の中で彼女を殺すシミュレートをしたか知れない。
私はこんなにも誰かの死を心から願えるものなのかと、自分自身に対して不気味な驚きを感じている。
祖母は毎晩、私が布団に入ると左耳のほうから私の悪口をぶちぶちと言い始める。それは幻聴である。幻聴であるとわかっていても、彼女を憎む気持ちは消えない。
今日などは、頭の中で彼女を蹴り殺すシミュレートをした。シミュレーションの中では、祖母の頭の横側に力いっぱい蹴りを入れ、倒れこんだ先にテーブルがあって、そこに頭を強く打ちつけて祖母は死んだ。
いつも猫背になってよたよたと歩いている祖母をそうやって殺すのはそう難しいことではないように思えた。
しかし。
考える。
いつも、祖母を殺した後のことを考える。
殺人罪に問われれば刑務所に行くことは免れないだろう。そして刑務所暮らしが私にとって地獄に等しいことであるのも、想像に難くない。
さらに、祖母が死んだあとの母の悲しみ。親孝行がしたいと言っていつも祖父母を客のようにもてなす母。私がもし祖母を殺したならば、母が悲しむだろうなんてことは、やっぱり考えてしまうのだ。

誰かの死をねがうことが倫理的タブーであること、人として最低であることはわかっている。それでも願わずにいられないのだ、祖母の死を。この気持ちを分かり合える人は存在するだろうか。
祖母さえいなくなれば私のすべては幸福になり、母の負担も減る。
祖母は今、80歳弱。自然死するのを待っていたらむこう10年はかかるかもしれない。それまでこの苦しみが続くのならいっそこの手で、と願うのは良いことではない。悪しき願いだ。わかっている。
祖母の死を願ってやまないことも、私が私をクズ足らしめる要因のひとつなのだ。
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