些細なことが大きな苦痛に感じられる

2015.07.09.Thu.00:00
7月8日、この日私は作業所をズル休みした。
はじめてのことではない。前にもズル休みしたことが一度だけあった。

なぜ、と聞かれれば、雨が降っていたから、でいいだろう。もちろん作業所の職員さんには電話口で「全身がだるくて…」とか言いながら休んだが、嘘である。
作業所に行くことは苦痛だ。
作業自体が苦痛なのではない。行くことが苦痛である。自転車をこいで、10分の道を行くのが私にはこの上なく苦痛に感じられる。
同じ作業所の中に、自転車で30分かけて毎日通ってくる女性がいる。
私には彼女がモンスターか何かに思える。
すごい、真似できない。そして羨ましい。

私は作業所を辞めてしまいたいと今日母に打ち明けた。しかしながら、母から了承を得られるはずもなかった。
「人間関係がこじれてとか、作業が体力的にきつくてとかならともかく、自転車で通うのが辛くて辞めるなんて許されない」
母はそう言った。私には反論はできなかった。
母は私のことをワガママだとも言った。
まったくもってそのとおりである。
私は自分のこんな部分を情けないと思う。
なぜ、自転車を10分こぐことがこんなに苦痛なのか。
いや、おそらく自転車をこぐこと自体が苦痛なのではない。
作業所に行く13:00までに昼食を詰め込み、吐き終え、きちんと準備する、それが私には窮屈で苦痛なのだ。
時間も気にせず好きなだけ食べて吐いてができる、そんな休日が身に沁みついているのだ。
だから、些細なことで大きな苦痛を感じてしまう。
これでは就職できる日はいつになるやらわかったものではない。
私の未来に光はあるのだろうか…。
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